復帰が決まった日、思っていたのと全然違った話

7月から復帰することになった。
休職してから約9か月。
私の中では、それなりに大きな人生の節目だった。
だから勝手に、復帰が決まる日はもっとこう、
ドラマチックで感動的な何かが起こるものだと思っていた。

ところが現実は、驚くほど普通だった。

診察では、この1か月どうだったかを聞かれた。

・耳鳴りのこと
・睡眠薬を飲まずに過ごしていること
・漢方は面倒になって飲まなくなったこと
・復帰に向けて生活リズムを整えていること
・会社には産業医面談や復職判定などの制度があること

そんな話を、一つずつ淡々と進めていった。

耳鳴りについて話した時には、
「耳鼻科には行ってるんでしたっけ?」と聞かれた。
行っている。検査も受けている。異常はないと言われている。
そう考えると、あのとき面倒がらずに耳鼻科へ行って、
原因を切り分けておいた過去の自分はファインプレーだったのかもしれない。

そして話は処方箋の話題になった。
今飲んでいる分だけ補充しましょうか、という流れだ。

私はずっと身構えていた。
そろそろ来るだろう。復帰についての大事な話が。
「よくここまで来ましたね」的な、感動のクライマックスが。

しかし、来ない。
薬の話が終わる。なんなら診察が終わりそうになっている。

あれ?
と思った私は、たまらず自分から聞いた。
「あの、復帰していいんですよね?」

すると先生は、
「はい。大丈夫だと思いますよ」と言った。

以上である。
私の脳内感動イベントは、一瞬であっけなく終了した。

もっとこう、「不安もあると思いますが頑張ってください」とか、
「何かあったらまたいつでも相談してください」とか、
そんな温かいお見送りシーンを勝手に想像していた。
でも実際は、拍子抜けするほどあっさりしていた。
復帰という人生の節目にしては、ずいぶん普通である。
もっとも、これは先生の性格や病院によるのかもしれない。
あえて期待を煽らないようにしているのかも、と後から思った。

ちなみに私は、最後の悪あがきとして、
「復帰が近づいたら緊張して眠れなくなると思うんですが、
そういう時はどうしたらいいですか?」とも聞いてみた。

すると先生は、
「漢方を飲んだらいいんじゃないですか」
という趣旨のことを言った。
私は心の中で、
「飲むのが面倒で自主休業してたあの漢方を、
ここで頓服みたいに投入するのか」
と激しく突っ込んでいたが、
先生があまりに普通な顔をしていたので黙って飲み込んだ。

診察室ではあまりのあっさり風味に実感が湧かなかったが、
病院を出てからは急に忙しくなった。
上司に連絡。友人に連絡。
「復帰できそうです」と各所に報告を入れる。
実は、あの報告をしている時が一番嬉しかったかもしれない。
メッセージを送りながら、スマホの画面を通じて
少しずつ現実味が出てきた。
「あ、私、本当に復帰するんだな」と思った。

ただし、上司からは現実的な一言が返ってきた。
「あ、復職可能って書かれた診断書が必要です」

事前に確認しておけばよかった。

結局、翌日もう一度、あのあっさりした病院へ行く羽目になった。
どうやら復帰というのは、先生のOKが出たら終わりではなく、
そこから新しい手続きが始まる仕様らしい。
ラスボスを倒したと思ったら、まだ後片付けが残っていた感じである。

実は、家族にはほとんどこの件を話していなかった。
姉には伝えていたが、母や妹には話していない。

休職する前の私は、うつ病になった友人が「家族にも言えなかった」
と語るのを聞くたびに、
家族は最大の味方なのだから、
話した方が少し楽になるのではないか、と思っていた。
でも、実際に自分がその立場になると違った。
言えなかった。
ただひたすらに、余計な心配をかけたくなかったのだと思う。
特に親世代は、こちらの想像以上にオロオロして必要以上に
心配するかもしれない。
そう考えると言えなかった。
当事者になって初めて分かることは、本当に多い。

唯一、話していた姉に伝えた時は、
「どうりで」と言われた。
最近、私のLINEの返信が前より妙に早くなっていたらしく、
「何かあったのかな」と名探偵のように察していたらしい。

本人は耳鳴りや頭痛のことばかり気にしていたけれど、
周りから見える復活のサインは「LINEの返信速度」という、
予想外の地味なところに出るものらしい。
自分の観察眼のなさよ。

ともあれ、復帰OKが出た私は完全に気が大きくなった。

実はこの日の診察で、最近お酒を飲みたくなる日が増えたこと、
夕食後わざわざスーパーまで買いに行ったこともある、と正直に話していた。
不安を薄めたかったのかもしれない、と。

先生は特に何も言わなかった。
私はそれを「飲酒の許可が下りた」と都合よく超訳した。

今日は文句なしの祝杯ではないか。
そう思い立ち、家に帰って冷蔵庫にあったスパークリングワイン缶と
EGA BEERを景気よく飲んだ。
最高の復帰祝いである。

それでも。
思っていたような涙の感動シーンはどこにもなかった。
拍子抜けするくらい普通の日だった。
でも確かにその日、私は復帰へのスタートラインに立ったのだ。

明日はまた病院に行かなければならない。
でも今夜くらいは、素直に喜んでいいと思う。
たぶん。

【ついでに気づいたこと】
・復帰が決まる日は、思っていたよりずっとあっさりしていた。感動のクライマックスは自分の中にしかなかったらしい。
・復活のサインは耳鳴りや頭痛ではなく、LINEの返信速度に出るらしい。姉の観察眼が鋭すぎた。
・復帰OKが出ても、復職可の診断書という次のミッションが待っていた。ゴールだと思ったらまだ続きがあった。

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