「仕事向いてない」という結論に飛ぶ前に、一日を分解してみた

私の会社には、定期的に部署異動がある。
接客の仕事を長くやっていた私も、ある日、まったく未経験の部署へ異動になった。

最初は「未経験なんだから、できなくて当たり前」と思っていた。
だから、しばらくは気楽だった。
気楽だったのは最初だけだったが。

ただ、しばらく経っても慣れない。
例えば資料作成一つとっても、
「これも入れた方がいいかも」
「あれも必要かも」「これなんて書こう」
と試行錯誤が長い。
気づけばまた残業。
ようやく終わったと思ったら、次の仕事が積み上がっている。
仕事とはそういうものらしい。

そんな日が続くうちに、
「この仕事、向いてないんじゃないか」
「いっそ会社を辞めるのもありか」
という考えが浮かんできた。

私はもともと白黒思考が強かった。
ちなみに今はグレーが大好きだ。
人間、成長するものである。

当時は、一つ失敗すると、その日全部がダメだったような気がしてしまっていた。
「資料作りに時間がかかった」という事実が、いつの間にか「今日は全部ダメだった」になり、
「全部ダメ」が続くと「自分はこの仕事に向いていない」まで一気に飛ぶ。

飛びすぎである。

そこで、失敗した日ほど「できなかったこと」だけじゃなく「できたこと」も数えるようにしてみた。

資料作りは予定より時間がかかった。
でも、ギリギリできた。
その日やった面談では、だいたいの人が最後に少し表情が明るくなって帰っていった。
これは昔から得意だった。

「あれ?」

一つ失敗しただけで、全部できなかったわけじゃない。
できたことも、ちゃんとあった。
ただ、数えていなかっただけだった。
数えていないものは、ないことになる。そういうものらしい。

この白黒思考、仕事だけじゃなくて人間関係にも出ていた。
「もうこの人嫌だ」と思ったら、できるだけ接点をなくそうとする。
態度には出さない。(たぶん)
感情のスイッチをそっと切る。あとは無である。

でも、その人を丸ごと嫌いで見るのをやめて、分解してみたら少し違って見えた。
「苦手だけど、ここは嫌いじゃないかも。」
「この部分は面白いかも。」
「もう無理」が「まあ、そういう面もあるよね」くらいに薄まっていた。
だいぶ省エネになった。

例えばひろゆきさん。
論破するところは正直苦手だ。自分がされたら嫌だと思う。
でもテレビでやっていると、なぜかつい見てしまう。
あの物知りぶりは素直に尊敬するし、遅刻を直さないことを一貫して貫いているところは、なんか好感がある。
エンタメとして見ている、ということにしておく。

仕事も、人間関係も、分解してみると違って見える。
そんな数年前の話を思い出したのは、先日桜林直子さんの
あなたはなぜ雑談が苦手なのか』を読んでいたからだ。

「大きなものは分解して考える」という話が出てきた。
読んだ瞬間、「あ、昔の私、これやってた」と思った。

当時は別にこの本を読んでいたわけではない。
いろんな本を読んだり、YouTubeを見たり、自分なりに試行錯誤しながら立て直そうとしていた。
でも今振り返ると、「今日は何ができた?」と一つずつ拾っていたあの作業は、
まさに”分解”だったんだと思う。

昔の私は、一つ失敗すると「仕事向いてない」という結論まで一気に飛んでいた。

失敗した日も、できたことはあった。
ただ数えていなかっただけで。
まあいい。

【ついでに気づいたこと】
・一つ失敗すると、その日全部がダメだった気になりやすい。白黒思考あるある、らしい。
・できたことは、当たり前になると本当に数えなくなる。存在していないわけではないのに。
・できないことの方が目立つので、ついそっちばかり数えてしまう。できたことも同じくらいある、たぶん。

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