「明日やろうは馬鹿野郎」の反対で生きてきた話

「緊張して眠れない」という人種がいるらしい。
大事な前夜、羊を万匹単位で数えている人を知っている。
残念ながら、私にはその感覚がない。

産業医面談で、先生に聞かれた。
「昨日は眠れましたか?」

私は、
「普通に眠れました。」
と答えたら、
「あ、そうだったんですね、良かったです。」
と返ってきた。

あ、緊張。
そんな感情、存在すら忘れていた。

先生とは、以前一度だけ話したことがある。
たった一回。
それだけで、また話せることが地味に楽しみだった。
今後の方向性が決まるかもしれないという恐怖より、
楽しみが勝っていた。
我ながら緊張感がない。

一回の面談で心をわしづかみにされる人も、きっと多いんだろうな。
さすが産業医。

……って、この気持ち、いつもなら真っ先に伝えているはずだった。
気づけば伝え忘れている。
緊張していたのは、たぶん本当だったらしい。
自分で言っておいて、自分が一番信じていない。

そういえば私は、緊張して眠れなくなることがあまりない。
もちろん、旅行の前日や楽しみな予定の前日は別である。
あれはワクワクして眠れない。
でも、緊張して眠れないというのは、あまり経験がない。

なんでだろう。

考えて、考えて、ようやく思い出した。
私は昔から、
「明日の自分に任せる。」
という考え方をすることが多かった。

思い当たるのは営業部にいた頃。
仕事はてんてこ舞いで、プレッシャーもそれなりにあった。
そういえばお金の勉強はしていたのに、心の勉強はしていなかったと気づいて、メンタルとか自己肯定感みたいな本を読み漁った時期がある。
名言集めも好きだったから、あれこれ検索したり、本を読んだりしているうちに、どれかの考え方が刺さったんだと思う。
どの本のどの言葉だったかは、もう覚えていない。
たぶんそのあたりで身についたんだと思う。

ただ、一つだけ違うのは、
「明日の自分に任せる。」
と言っても、丸投げではないということだ。

今日できることは今日やる。
考えられるところまでは考える。
でも、それ以上考えても答えが出ないなら、
今日はここまで。
「じゃあ、続きは明日の私、よろしく。」
そんな感じで一日を終える。

仕事で言えば、引き継ぎである。
今日の担当分は終わった。
あとは明日の担当者にバトンを渡す。
それだけだ。

怠けているわけではない。
今日の担当分は、ちゃんと終わっている。
それ以上考えても、答えは出ない。
出ない答えを抱えたまま起きているより、寝た方がいい。
単純にそれだけの話だった。

例えば、翌日に偉い人への説明を控えている夜。
緊張はする。
でも、今日やれることはもうやった。
あとは明日の自分に丸投げ、もとい、引き継ぎだ。
今日はここまで。

産業医面談の前の夜も、同じだった。
「なるようにしかならない。」
そう思って眠ったら、案外、眠れた。

ついでに気づいたこと
・「明日やろうは馬鹿野郎」と「明日の自分に任せる」は、似ているようで全然違う。
・丸投げではなく、今日の担当分を終えてからバトンを渡すイメージだった。
・夜の私は、朝の私を意外とあてにしているらしい。

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