気づけば、私は黒に囲まれている。
断っておくが、私が選んだわけではない。むしろ、私は「黒を避けて通る」側の人間なのだ。
きっかけは昔、友人が医師から受けたアドバイスだった。
「黒ばかり着ていると体に良くない。もっと明るい色を意識してごらん」と。
皮膚が光(色)を感知し、心身に影響を与える――その話を聞いて以来、私は「黒をあえて選ばない」ことを信条としてきた。
もともと色が好きだった。だから信条というより、好きにしてたら自然とそうなっていた、という感じだったかもしれない。
だというのに、現実というやつは私を黒で塗りつぶしにかかってくる。
最近の主犯格は「機能性」だ。
接骨院で勧められたむくみ解消ソックス、黒。膝を支えるサポーター、黒。肌寒い日のインナー、黒。
なぜなのか。健康や機能性に寄れば寄るほど、選択肢は無慈悲にも黒へと収束していく。
ふと周りを見渡せば、街は全身黒で完成された人々で溢れている。確かに黒は便利だ。シックで、とりあえず着ていれば「成立」してしまう。色彩心理学で見れば「強さ」や「権威」の象徴でもある。
けれど、黒には常に「闇」や「重さ」という影がセットでついてくる。
実はかつて、私もその重力に引き寄せられた時期がある。
メンタルを病んだ時、気づいたら茶色やグレーばかり選んでいた。明るい色を着てはいけないような気がしていた。自分がそういう気分じゃないから、なのか。それとも、明るい色を着る資格がないと思っていたのか。今となってはよくわからない。
何度か、禁断の黒にも手を出した。信条を曲げるほど、しんどかったということだと思う。
転機は、ある日ふと気づいた瞬間だった。
あんなに「黒は嫌だ」と思っていた自分が、「今日は黒にしようかな」と思っている。
普段の私なら絶対に思わないことを、自然に思い始めていた。
これはちょっといかん、と思った。
だったらこういう時こそ、色の力を借りよう、と。
それ以来、気分が沈みそうな日ほど、意識して明るい色を選ぶようにしている。
ピンクや黄色は、私にとってお洒落ではなく「視覚的なドーピング」だ。
着てみると、鏡に映る自分の顔色がよく見える。
直接的に「効いた」と感じるわけじゃないけど、
なんとなく気分が上がる。色から元気をもらえる感覚がある。
インナーだって、ピンクやグレーを選ぶ。
黒のババシャツを着ると「黒か」とテンションが下がる。
誰にも見えない部分でも、自分の視界には入るから。
ふと、今通っているメンタルクリニックの待合室でも、
黒い服の人が多いような気がする。
それは単なる偶然なのか、それとも、心が重力を求めている結果なのか。
次回の通院日、いつもより少しだけ意識して、周囲の色彩を観察してみようと思う。
今日の私は、あえて明るい一色を選んだ。
【ついでに気づいたこと】
・機能性を優先すると、なぜか黒に収束していくらしい。健康グッズはだいたい黒だと思う。
・メンタルが落ちている時期、気づいたら暗い色ばかり選んでいたらしい。渦中にいる時は気づかない。
・誰にも見えないインナーの色でも、自分の視界には入る。そこで手を抜くと地味にテンションが下がるらしい。私が。



コメント