私が「緑」を無意識に選び続けていた理由|色彩心理と、クローゼットの緑に降伏した話

どうやら私は、長年大きな勘違いをしていたらしい。

自分の好きな色は黄色かオレンジ。
明るくて元気、暖色系。そう疑いもなく信じ込んできた。

だがある日、気づいてしまった。
……私のクローゼット、緑ばっかりじゃない?

緑のカーディガン、緑のスカート、緑のセーター、緑のパンツ。
出るわ出るわ。

確かに白も、黄色も、ピンクもある。
でも緑の多さが、明らかに頭一つ抜けている。

「いや、これはたまたまよ。流行ってたからよ。
本当はそんなに好きじゃないはず……」

必死に否定する私に、友人は非情な一言を放った。

「いや、ユイって緑のイメージしかないよ?
なんなら今日も緑じゃん」

自分の足元を見て、二人で爆笑した。
そこには、言い逃れようのない鮮やかな緑色の私がいた。

しかも、意識して選んでいたわけではない。
気づいたら緑だった。
無意識の私が、ずっと緑を選び続けていたのだ。

私が無意識に選んでいるのは重厚な深緑ではなく、
エメラルドグリーンのような、少しテンションの上がる明るい緑。


そこでふと思い出した。

幼稚園からメガネをかけていた私を、
親はやたらと緑のある場所に連れて行った。
山だったり、公園だったり。

「遠くの緑は目にいいから、ちゃんと見なさい」

姉と二人で連れて行かれて、ひたすら緑を見る。
小学校低学年の私たちには、正直これがなかなか辛かった。

暇すぎて姉とキャッキャしていると「ふざけないでちゃんと見なさい」と怒られる。
おとなしく緑を見ていると、今度は暇すぎて死にそうになる。

漫画本を持ってきたいけど、読んでたら緑が見れない。
なんとか両立できる技はないかと小学生なりに考えたが、
答えはゼロだった。おとなしく見るしかなかった。

今思えば、親の不器用な優しさだったのだと思う。
目が悪い娘のために、できることをしてあげたかったのだろう。
でも当時の私には、ただただ修業でしかなかった。


調べてみれば、親の言い分は半分正解だった。
「遠くを見る」のは目を休めるが、
「緑で視力が上がる」という確証はないらしい。
ただ、緑が「目に優しく、疲れにくい色」であることは事実だ。

緑にはリラックス、安心感、回復のイメージがある。
緑を好む人は「穏やかでいたい」「安心できる状態を求めている」傾向があるという。

なるほど。
脳が「元気な黄色が好き!」と叫んでいる裏で、
体は切実に「今は緑の癒やしが必要なんだ」と訴えていたのかもしれない。

長年「イエロー・オレンジ派」を自称してきた私だが、
ここについに「緑派」への転向を宣言する。

認めよう。私は緑が好きだ。それも、かなりの熱量で。

今では好きな色を聞かれたら、迷わず「緑」と答えるようになった。

今度、仙台の街中で緑の服を着てニヤニヤしている女がいたら、
それはきっと、自分の本心に降伏した私である。

【ついでに気づいたこと】
・「好きな色」と「無意識に選ぶ色」は違うらしい。クローゼットの方が正直だった。
・緑は「目に優しく疲れにくい色」らしい。視力が上がるかどうかはまた別の話らしい。
・脳が「元気な色が好き」と言っていても、体は別のものを求めていることがあるかもしれない。

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