小説『カフネ』を読んで、「助けて」のSOSと脳内アンテナについて真面目に考えてみた話

阿部暁子さんの小説『カフネ』を読んだ。
家事代行サービスを通じて、さまざまな事情を抱えた人たちが関わっていく物語だ。

ページを開いてまず感じたのは、
「やっぱり、食べることって大事なんだな」という、
とてもシンプルで当たり前なことだった。
人間、自暴自棄になると食べることが疎かになりがちだ。
でもそれでも、自分を大切にするという意味で、
食事ってやっぱり大事なんだなと思った。
物語に出てくるせつなが作る料理が、本当にプロだった。

この物語に出てくる人たちは、
一見すると何の問題もなく、すごく幸せそうに見える人ばかりだ。
しかし読み進めるうちに、人はそれぞれ
見えない背景を抱えながら生きているんだな、
ということを深く感じさせられる。

中でも春彦という人物が、一番心に残った。
傍から見ると幸せそうに見える。でも実際のその人の気持ちは、
やっぱり外からはわからないものだなと思った。
春彦はある人にだけ、本音を話すことができた。
隠し通す人生じゃなくて、本当によかったと思った。
もし早くに「助けて」と言えていたら、
もう少し違う人生だったのかもしれない。
読み終わった後も、しばらく春彦のことを考えていた。

「助けて」というSOSを出すことについて、改めて考えた。
カフネという家事代行サービスは、助けてと言ってくれた人にやっとできることだ。
そうじゃないと、見知らぬ人の家に入ることはできない。
「つらい、きつい」と知らせるのには勇気がいる。
でも、助ける側はSOSがないと助けられない。
だから本当に助けてほしい時は、ちゃんと出した方がいいと思った。

そして、誰かに助けてもらったことは、
その場ですぐに何かを返さなければいけない、というわけではない。
助けられた時に自分に余裕がなくて、
ただそれを受け取るだけで終わったとしても、
別にそれでいいのだと思う。

もう一つ、この本を読んで自分に持っておきたい視点があった。

自分のことで視野がいっぱいになっている時、
他人が抱えているかもしれないつらさへのアンテナが、
著しく低くなってしまう。
悩みの重さは人それぞれで比べられない。
でも自分のことで手一杯になると、
他人のつらさに鈍感になって、
知らず知らず土足で踏み入ってしまう可能性がある。
一見元気そうに見える人も、何かを抱えながら生きているかもしれない。
そう思うだけで、周りへの見方が少し変わる気がした。

派手な展開があるわけではないけれど、
登場人物たちの心の変化や歩み寄りを通じて、
日常のSOSについて静かに考えさせてくれる、
とても良い一冊だった。

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【ついでに気づいたこと】
・人間、自暴自棄になると食べることが疎かになりがちだと思う。それでも食事は自分を大切にすることと繋がっている気がする。
・「助けて」と言わないと、助ける側は助けられない。勇気がいることだけど、出した方がいいと思った。
・自分のことで視野がいっぱいになっている時、他人のつらさへのアンテナが低くなりやすい気がする。

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