朝散歩は、気まぐれながらそれなりに続けていた。
メンタルにいいらしいというのは知っていたし、実際悪くない気がしていた。
いつものコースは川沿いの往復。
ある日、帰りにちょっと違う路地から回り道して帰ってみたら、無事家に着いた。
翌日、「昨日の逆を辿れば一周できる」と思って歩き出した。
途中までは順調だった。見覚えのある景色に安心し、意気揚々と進んでいた。
ただ、一つだけ誤算があった。
私は「曲がるべき場所」を、きれいに忘れていたのだ。
気づけば、全く知らない場所にいた。
なぜか、昔一度だけ行ったきりの神社に辿り着いていた。
狙っていないのに、そこにいる。
しかし考えてみれば、朝散歩で偶然神社まで来てしまうというのは、
なかなか清らかな人間のすることではないか。
迷子なのに清々しい。我ながら悪くない朝だと思った。
似たようなことは、近所の郵便局でもある。
「川沿いを通れば近いはず」と、一度逆から歩いた記憶を頼りに近道を試みた。
近いはずだから、歩いても歩いても着かなくてもまだ信じた。
さすがにおかしいと思ってGoogleマップを開いたら、「目的地まであと10分」の文字。
さっきまで5分だったはずの距離が、私の歩みとともに増えていた。
そこまで歩いて気づかなかった私も、ある意味天才だと思う。
しかもこの間違いを、5回以上繰り返している。
毎回「今度こそ行けるはず」と思って出発する。
毎回たどり着かない。
私は学習しない生き物らしい。
助けてほしい。
そもそも東や西という概念が、私にはほぼ暗号だ。
かつてとあるお店で働いていた頃、電話でお店の場所を説明していたら、
お客さんに「じゃあ、このまま東方向に進めばいいんですね」と言われた。
東。
……東?
心の声がそのまま口から出た。
「すいません、東とかよくわかんなくて。たぶん合ってると思うんですけど」
するとお客さんは「あー、だいたいわかった。大丈夫、ありがとう」と言って、勝手に納得して電話を切った。
これには私なりの仮説がある。
道案内で「東」とか「西」とか言える人は、そもそも方向感覚がある人だ。
そういう人が「東方向」と判断したなら、だいたい合っている。
つまり私が「たぶん」と言っても、東がわかる人が東と言った時点で正解なのだ。
我ながら筋が通っていると思う。
場所を指し示す時も「あっちだよね」と自信満々に指す方向は、だいたい真逆だ。
「ギャグ?」と聞かれるが、本人は常に真剣である。
真剣に間違えている。
ただ、そんな私が建物の中ではほぼ迷わない。
仙台駅ビルのエスパルなんて、新店がどこにできたかまで把握している。
普段の迷いっぷりを知っている友人には「信じられない」という顔をされる。
でも一度だけ例外があった。
以前行った軽井沢のアウトレットパーク。
あそこは広すぎて、地図を見てもよくわからなかった。
ただあれは方向音痴の問題ではなく、広すぎる問題だと思っている。
そういうことにしておく。
外に出ると、もうだめだ。
今日も歩数計の数字だけが、順調に増えていく。
【ついでに気づいたこと】
・「昨日の逆を辿れば一周できる」という作戦は、曲がるべき場所を忘れていると成立しないらしい。
・同じ間違いを5回以上繰り返している。毎回「今度こそ」と思って出発するらしい。学習しない。
・建物の中はほぼ迷わないのに、外に出るとだめになる。方向音痴にも得意不得意があるらしい。



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