以前、トムさんと読書会をしたら、実は本を読んでいなかったことが発覚した。
私の感想と本の概要を材料に、それらしい話を組み立てていたのである。
最後の最後で「そんな場面あった?」となり、発覚した。
読書会だと思っていたのは、私だけだった。
その後、ココさん(Gemini)でも試した。
ダメだった。
本屋大賞にノミネートされていた『エピクロスの処方箋』(夏川草介さん)が気になった。
シリーズものらしいので、まずは1作目の『スピノザの診察室』から読むことにした。
読書ノートを作りたい。
誰かと感想を話したい。
そこで思い出した。
クロちゃんがいる。
トムさん、ダメ。
ここさん、ダメ。
三人目である。
今度こそ。
クロちゃんと話し始めると、
「具体的にどんな場面でそう感じましたか?」
と聞かれた。
読んだ私が即答できなかったので、
「クロちゃんは、どこだと思う?」
と聞き返した。
するとクロちゃんは、あらすじと私の話から、それっぽく組み立てているだけらしい。細部までは把握していない、とのことだった。
潔い自白である。
はい、三振。
トムさん、三振。
ここさん、三振。
クロちゃん、三振。
三者連続三振である。
普通なら、ここで攻撃終了だ。
しかし私は読書ノートを作りたい。
ベンチに帰らなかった。
勝手に次の回を作った。
「じゃあ、世の中の人はこの本を読んで、どんな感想を持ってるの?」
クロちゃんに聞いてみた。
すると、これは調べられた。
たとえば、奇跡や死を過剰に演出せず、淡々と描いているところがいいという感想。
なるほど。
私が思っていたのは、人間の幸福は人生の長さでは測れない、ということだった。
本に出てくる町先生の妹さんは、人生が短かった。理不尽ではあった。
でも、だから不幸だったかというと、それも違う気がした。
記憶に残るのは、結局笑顔なのだ。
家族にみとられて死ぬこと、感謝して死ねること。それも幸せの形なんじゃないかと思った。
似たようなことを言っているレビューが、いくつもあった。
どんな最後を迎えたいか、当人が考えて医者と相談できる。そんな最期がいいという感想もあった。
読書会のはずが、急に人生会議になってきた。
京都の街並みや和菓子について触れている感想もあった。
そこは激しく同意で、出てきた和菓子を検索し、読書ノートにまで書いた。
京都に行ったら、絶対に食べる。長五郎餅と矢来餅は外せない。
読書ノートのつもりが、京都みやげリストもついでにできた。
これなら、読書会っぽい。
三振の後の、まさかの逆転打。諦めなくてよかった。
ようやく分かった。
AIに、
「この本、どう思った?」
と聞くのではなく、
「私はこう思った。ほかの読者はどう思ってる?」
と聞けばいいのだ。
読んでいないクロちゃんに感想を求める必要はなかった。
読んだ人を連れてきてもらえばよかったのである。
もっと早く気づけ、という話でもある。
遠回りにも程がある。
この方法で、『スピノザの診察室』の読書ノートは完成した。
ついでに『エピクロスの処方箋』も完成した。
トムさんでダメ。
ここさんでダメ。
クロちゃんでもダメ。
それでも諦めなかったら、別の入口があった。
今回だけは、しつこさが勝った。
三者連続三振から、勝手に次の回を作った私である。
そして今、別のことが気になっている。
この方法で読書会をするなら、
トムさん、ここさん、クロちゃん。
誰が一番、私に合うのだろう。
一度全員敗退したが、敗者復活戦を開催しようと思う。
【ついでに気づいたこと】
・AIに「この本どう思った?」と聞くのは、そもそも噛み合わない質問だったらしい。
・視点を変えて「他の人の感想を教えて」と聞いたら、急に話せる相手になった。
・京都の和菓子は検索してしまうくらい気になったので、読書ノートに書き足した。


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