※この記事は小説『BUTTER』の内容に触れています。
柚木麻子さんの『BUTTER』を読んだ。
男性たちから金銭を引き出し、殺人容疑で逮捕された梶井真奈子と、彼女を取材する記者・町田里佳の物語。
この物語は、実際にあった事件がモチーフになっている。
文庫の解説にも、そうはっきり書いてある。
だから私は最初から、梶井に対してはかなり疑ってかかっていた。
一方、里佳は違う。
評判や肩書きで決めつけず、自分の目で梶井を見ようとする。
記者より私の方が、よっぽど先入観まみれである。
取材しているのは里佳で、犯人扱いしているのは私である。
ところが、梶井はとにかく言葉が巧みだ。
読んでいるうちに、
「あれ。この人、本当に犯人なの?」
と、一瞬こっちまで揺らされる。
もちろん真相がどうなのかは、ここでは書かない。
でも、私が『BUTTER』で唸ったのはここからだった。
梶井の言葉に揺さぶられていく里佳を読んでいるうちに、読者まで里佳になっていく。
バター醤油ご飯。
夜中のラーメン。
高級フレンチのロブション。
里佳が食べれば、こっちも食べたくなる。
里佳が行けば、こっちも行ってみたくなる。
梶井が里佳を動かしている。
そして柚木麻子さんが、読者を動かしている。
この筆力がすごい。
バターは、熱がないと溶けない。
この物語では、いろんな人物がその熱源になる。
里佳も、読者も、気づけば一緒に溶かされている。
タイトルが『BUTTER』なのも、たぶんそういうことだと思う。
さらに里佳は、食べることで身体も変わっていく。
要するに、太る。
周りからは「太ったよね」と言われる。
余計なお世話である。
体重計でもない人たちが、ずいぶん正確に観測してくる。
でも里佳は、だんだん気にしなくなっていく。
世間の声より、自分の「美味しい」を選ぶ。
里佳の人生は、たぶんここから少し楽になった。
里佳は、知らないものをまず自分で食べてみる人だった。
……と、ここまでかなり共感しておきながら。
私はバター醤油ご飯を食べていない。
食べたい。
ものすごく食べたい。
しかも、せっかくならエシレバターでやってみたい。
だが、最近ちょっと太った。
これ以上は太りたくない。
「食べたい」と「太りそう」が戦った結果、「太りそう」が勝った。
あれだけ里佳に入り込み、梶井の言葉にも揺らされたのに。
柚木麻子さんの筆力でも、私の「最近太った」は突破できなかった。
エシレといえば。
以前、麻布台ヒルズにチームラボを見に行ったとき、エシレのお店に立ち寄ったことがある。
そのときはクッキーが食べたかったので、普通にクッキーを買った。
『BUTTER』を読む前の私は、まだバターに人生を乱されていない。
でも今、『BUTTER』を読んだあとに思い出すのは、なぜかあの店にあったクロワッサンである。
食べたい。
バター醤油ご飯は「太りそう」が勝つのに、エシレのクロワッサンは食べたい。
我ながら基準がよく分からない。
バターの量で言えば、たぶんクロワッサンの方が上である。
『BUTTER』を読み終わって、バター醤油ご飯は作らなかった。
でも、エシレのクロワッサンという新たな宿題が残った。
「これ以上太りたくない」は、どこへ行ったのか。
まだ食べていないので、今のところ無罪である。
たぶん、そのうち行く。
【ついでに気づいたこと】
・犯人かもしれない人の話を読んでいたはずが、途中から料理のことばかり考えていた。
・梶井に揺らされる里佳を読んでいるうちに、私も一緒に揺らされていたらしい。
・バターが入っていても、パンになると許せるらしい。基準はよく分からない。

