考えすぎをやめられなかった私が試した「北川景子召喚法」

私は「これ、いいかも」と思うと、とりあえず試したくなる。
昔もそうだった。

その中でも、一番長く続いたのが、
北川景子さんを召喚することだった。

もちろん本人ではない。
「景子ならどうする?」
と勝手に考えるだけである。

「なんで北川景子さん?」
と思われるかもしれない。

理由はシンプルで、憧れていたからだ。

実は、一生のうちに一度会ってみたい芸能人が二人いる。
北川景子さんと、佐藤健さん。
顔も好き。
性格も好き。
生き方も好き。
欲を言えばキリがない。

でも当時の私が「この人ならどうする?」と考えたのは、北川景子さんだった。
もちろん本当はどう考えているのかなんて分からない。
全部、私の勝手な想像である。

だから、仕事で失敗した時は、
「景子なら、まずごめんなさいって謝る。」
「それから次に同じことをしないように勉強するだろうな。」

部屋が散らかっていたら、
「きっと丁寧に片付ける。」
(その前に散らからないのかもしれないが)

ご飯を食べ過ぎそうになったら、
「ここでやめるだろうな。」

そんなふうに考えて、
「じゃあ私もそうしてみよう。」
と実際に行動してみる。

この方法は、仕事だけじゃなく、日常のあちこちで使っていた。

当時はSlackで仲間と毎日の報告をしていて、
「景子です。」
「以上、景子でした。」
なんて、ふざけて投稿していたこともある。

すると周りも、
「景子❤️」
なんて返してくれる。

完全に悪ノリである。
でも「景子❤️」と返ってくるたびに、なんとなく景子度がアップした気がしていた。
完全に勝手な感覚である。

でも、その悪ノリがよかった。

人って、いい考え方を知っても、案外すぐ忘れる。
だから毎日のやり取りの中で景子を思い出すたびに、
「あ、そうだった。」
と自然に思い出せていた。

今思えば、あれは忘れないための仕組みになっていたんだと思う。

ところが、その仕組みをやめると、人は見事に忘れる。
私もすっかり忘れていた。

先日、前の記事でも紹介した『あなたはなぜ雑談が苦手なのか』を読んでいた。
いい本は何度も読む派なので、またページをめくっていた。

その中で紹介されていた、雑談サービスを利用した人の感想に、こんな一文があった。

「ぐるぐる思考に巻き込まれそうになるとき、サクちゃんなら何て言うかな、と客観視して冷静になれるようになった。」

それを読んだ瞬間、
「あ。」
と思った。

私も昔、同じようなことをしていた。
サクちゃんではなく、北川景子さんだったけれど。

あの頃の私、わりとやるじゃないか。

そういえば最近、すっかり景子を召喚していなかった。
この記事を書いていて思い出した。

また、景子を召喚してみようと思う。
景子、しばらくぶりです。

【ついでに気づいたこと】
・「景子ならどうする?」と考えると、次に何をすればいいか、なんとなく見えた気がしていた。たぶん。
・いい考え方ほど、時間が経つと案外忘れるらしい。仕組みにしておかないと消える。
・景子を召喚していない期間が、思ったより長かった。

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