「できると思った会社が悪い」に救われすぎて、元を取っている話

うちの会社には、異動の内示は〇日前に伝える、というルールがある。
つまり普通は、その日までは何も知らされない。
なのに、過去の店長の話だけは超フライング気味にやってきた。

ある日、別室に呼ばれた。
「店長をやってほしい。」
「は??」

……いやいやいや。
「絶対無理です。」
「責任重すぎます。」
「本当に無理です。」
「私じゃない人にしてください。」

拒否率、100パーセント。交渉の余地ゼロ。

その日は、それで終わった。

数日後。
「どう?気持ち変わったかぁ?」
「またまた話に来たぞ~。」
そんな感じで、その人はまたやって来た。

「絶対無理です。」
二回目も、迷わず即答した。

その日も、それで終わった。

さらに数日後。三度目の正直、というやつがやってきた。

今思えば、私が断ることなんて想定内だったんだと思う。

そこで言われた。
「会社は、ここまで頑張ってきたあなたにやってほしいと思ってるんだよ。」
「だから思い切ってやってみればいい。」

そして最後に、今でも忘れられない一言。
「できなかったら、できると思った会社が悪い。」

え?
そんな考え方あるの?

私はずっと、「失敗したら全部自分の責任」だと思って生きてきた。

だから、その一言は衝撃だった。
責任の所在を、会社に投げ返すという発想が存在すること自体、知らなかった。

もちろん、適当にやっていいという話ではない。
ただ、失敗した時の逃げ道を、最初から用意してもらった気分になった。

その言葉を聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。
あれだけ拒否率100パーセントを叩き出していた私が、結局は口説き落とされた形で、店長をやることになった。

それから数年後。
営業部への異動が決まった。

「絶対できない。」
そう思った時、真っ先に思い出したのが、あの言葉だった。
「できなかったら、できると思った会社が悪い。」

新しい部署でも。
新しい仕事でも。
また異動になっても。
そのたびに、あの一言を脳内で再生した。

もちろん、不安はある。
でも、「とりあえずやってみよう」くらいには思えるようになった。

もはや、あの一言だけで何度メンタルを立て直したか分からない。
元は取った。取りすぎている気もする。
異動のたびに引っ張り出して、ネタとしてもかなりこすっている自覚はある。

今では逆に、異動や新しい仕事で悩んでいる人がいると、たまにこの話をする。

今でも新しいことは苦手だ。
責任が重そうな話なんて、できれば聞かなかったことにしたい。
でも、また何か新しい仕事を任されたら、たぶん思う。
「また会社、私のこと買いかぶってるな。」

まあ、見る目があるのか、ないのかは、今でもよく分からない。

そう思うくらいが、今の私にはちょうどいい。

【ついでに気づいたこと】
・「失敗したら全部自分の責任」と思い込むと、じわじわ自分を追い込んでいくものらしい。
・「できると思った会社が悪い」は、責任逃れというより、肩の力を抜く呪文に近かったのかもしれない。
・あの一言、元は取ったと思う。むしろ取りすぎている気もする。

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